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社宅など企業の福利厚生関連の削減も目立つ。
かつての「経営家族主義的経営」・「企業一家主義経営」はもう過去のものとなった。
「成果主義レース」を勝ち抜かねば、降格・賃下げにとどまらず、企業から排除される時代である。 かつて日本企業にみられた一種の「暖かさ」に代わって、いまやぞっとするような「冷たさ」が職場を支配している。
仲間であるはずの労働者同士が成果主義のもとで、いまや相互に「敵」として競争に駆り立てられている。 こうした状況は「パイの理論」による労働者支配の破綻を意味する。
かつて生産性を上げれば賃金など処遇も改善される、企業が成長すれば労働者の生活も良くなる、要するにパイを大きくすれば労働者への「分配」も大きくなるという「パイの理論」が労働者の意識に相当浸透していた。 「労使共存共栄」の思想だ。
だからこそ、サービス残業など企業のおしつける無理難題にも労働者は家庭をもかえりみず応じてきた。 妻など家族も、夫の「将来の出世」に期待をかけ、夫・父親不在の夕食に子どもと耐えてきた。
ところがもう、「将来の出世」を期待できなくなっている。 期待できないだけならまだいい。
「いつ解雇されるか」という一雇用不安が労働者や家族をおおっている。 「パイの理論」はそもそも欺隔的な理論だ。
資本・企業が労働者を支配するための理論・イデオロギーにほかならない。 パイが増えれば「労働者への分配も比例して増える」という関連・必然性などもともとない。
にもかかわらず、しばらく前まで「パイの理論」がもっともらしくみえ、労働者に少なからず影響力をもちえたのは、それなりの「道具立て」・客観情勢が存在したからである。 なによりも年功賃金や終身雇用などの「日本的慣行」が、それである。
それは「日本的経営」の不可欠な構成部分であるため、「日本的経営」が主要な「道具立て」といえる。 実はいま、その「日本的経営」が音をたてて崩れている。
早くから私は「日本的経営は2010年頃までに崩壊する」と繰り返し主張してきたが、現実はそのとおりに推移している。 いまやその機能が麻簿し、崩壊寸前といえる。
むろんその背景に「右肩上がりの経済成長」の消失ということがある。 「失われた10年」といわれるような日本経済の事態が、その背景にあることは指摘するまでもない。
「パイの理論」がもっともらしくみえ、これに労働者が幻想を持った最盛期は日本経済の高度成長期であり、80年代のバブル期までその残照がみとめられた。 さすがに90年代になると、その影響がほとんどみられなくなり、話題にされることすら稀になった。
このような経過をへて、90年代の終盤以降、前述のような労働者をめぐる状況の著しい劣化のもとで「パイの理論」は破綻したといえる。 それを労働組合員に「信用」させる条件が消失した、ということだ。
この「パイの理論」こそが「労使協調主義」に立つ労働組合の潮流を育成・拡大させてきた理論的な基盤にほかならない。 つまりそれは、企業の「合理化」に反対するよりも、パイの拡大を労資で分かち合おうというもっともらしい誘いで、「労使協調主義」を労働者・労働組合に浸透させるための「理論」である。
これが機能しなくなったということは、この国の労使関係を支配してきた「労使協調主義」が終篇したことを意味する。 いいかえれば、まともな労働運動復活の条件が客観的に大きく開けてきた、ということだ。
たしかに、この国の民主主義の発展度は決して高くはなく、国民の権利意識も強いとはいいがたい。 そこからくる労働運動を含む各種の自主的運動に消極的な土壌の払拭は、より根本の課題として存在するものの、「パイの理論」の破綻によって「労使協調主義」をもたらす直接の条件・要因はいまやなくなったのである。
このことの意義は大きい。 なぜなら、前節でみたような今日の労働者・国民をめぐる異常な事態・「国民総イライラ社会」をもたらした元凶である「新自由主義改革」「構造改革」に反対しこれをやめさせ、「第3の道」の選択つまり労働者・国民にやさしい「福祉重視社会」建設の条件が形成されているからである。
むろん、「福祉重視社会」の建設は労働運動の発展だけでなく、これと呼応した政治革新が不可欠である。 民主党も含めて「新自由主義改革」礼賛の政党・政治勢力が優勢な状況を打破しないかぎり、民主的規制による命とくらしを守る福祉重視の社会は実現しないからである。
だが、これも決して不可能なことではない。 というのも、ほとんどの労働者・国民は「福祉重視社会」を求めているにもかかわらず、「政治のマジック」でそれらの票が「新自由主義改革」「構造改革」推進勢力に流れているという屈折した政治状況があり、この「屈折状況」が正されれば情勢が一変するからである。
この道こそ地球環境を守る道であり、グローバルなコンセンサスがえられる唯一の道である。 ここでぜひ強調しておきたいことがある。
上述のような「福祉重視社会」を建設する以前の段階でも、つまりいますぐにでも、労働者・国民の生活を大幅に改善できる方法がある、ということだ。 それは、労働条件や社会保障の改善というハードルを資本・企業に課すことで企業・日本経済の活性化を図る、という「一石2鳥の道」である。
どういうことか。 一言でいえば、いま当然のように強行されている人件費削減と効率アップのためのリストラ・「構造改革」路線をただちにやめ、技術力・商品力や信用力を武器に勝負するよう、日本企業の市場・国際市場への対応を根本的に変えることである。
資本・企業はそのような「ハードル」を課されることで技術力を磨き発展できるものである。 たとえば20世紀初頭の「先進諸国」で、最低賃金制という企業にとってのハードルを課されたがゆえにかえって企業の競争力が高まったという事実がある。
この道こそ堅実で長期にわたる日本経済の発展を保障するものである。 この道を現実化させるためにも労働運動の力が不可欠であり、その条件がいま形成されていることは上述のとおりである。
前述の「第3の道」とは、労働者・国民が「国民総イライラ社会」から解放され、そこそこ人間らしい生活のできる社会である。 この国に「福祉重視社会」がこれまで実現したことはないが、またそれが決して最終目標ではないが、まずはそれを今日的条件のもとで確立しよう、ということだ。
もちろんそれは60年代の高度成長期以来の大企業支配の政治「第一の道」ではない。 また、70年代半ば以降の、とりわけ90年代以降の「新自由主義改革」でもむろんない。
資本主義のもとではあるが、民主的規制により労働者・国民の生活を守り、命と地球環境を守り抜く、持続可能な安心できる社会つまり今日の諸条件をふまえた「福祉重視社会」の実現をめざすこれが「第3の道」である。 この道の追求には、さまざまな課題・ハードルがクリアされなくてはならないだろう。
それを労働者・国民の自主的な運動、とくに労働運動の強化でクリアしていくこと、その条件・可能性が「新自由主義改革」「構造改革」のゆきづまり。 矛盾拡大でいま急速に大きくなっている、ということだ。
たとえばあなたが上着を買うときのことを思い起こしてほしい。 いろいろな点を総合的に判断して、ある特定の上着を買う決心をするのではないか。
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それを労働者・国民の自主的な運動、とくに労働運動の強化でクリアしていくこと、その条件・可能性が「新自由主義改革」「構造改革」のゆきづまり。 矛盾拡大でいま急速に大きくなっている、ということだ。
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